バンカブリトゥン州のチュアル(Cual)布の復活に賭ける
シンガポールとジャカルタの中間地点、ジャワ海とナトゥナ海の接点に点在する大小の島々。バンカブリトゥン諸島州(Propinsi Kepulauan Bangka Belitung・略称Babel)は、かつて南スマトラ州の一角だったが、2000年に同州から分離、新たな州となった。錫と硅砂(ガラスの原材料)の産地として古くから知られるバンカ島とブリトゥン島。面積およそ81,700km2(内陸地は約20%の16,400km2)人口は約104万人。「インドネシアで最も湖の多い州と言っていいでしょう」と、同州政府開発計画庁長官のヤン・メガワンディ(Yan Megawandi, SH,M.Si)氏。機上から見る双方の島は、確かに、爆撃を受けたような、大小様々な形の湖&池が島中を覆っている。「これらの人工的な採掘跡をどのように再利用するのかは、我々に課せられた命題の一つです」とヤン氏。
鉱業で発展を遂げてきた同州も、“南スマトラ州の一角”としてのイメージから脱げ出せないジレンマにとらわれている。2007年4月25日に就任したばかりのエコ・マウラナ・アリ(Eko Maulana Ali)州知事が言う。「新州としての独自のアイコンを見つけ出さなければならない。バンカブリトゥン州を象徴する独自文化の発掘が急がれる」と。
テキスタイル文化面で見た場合、南スマトラ州は、一般的に“ソンケット・パレンバン(Songket Palembang)”と呼ばれる金糸刺繍の縫取織り布で広く知られている。特に絹糸を用いたソンケットは「Kain Limar」と呼称されている。リマール布の中でも特に有名なモチーフが「Kain Limar Muntok」と呼ばれる、バンカ島の西端に位置するムントック(Muntok。今日の西バンカ県の県都)でその昔に生まれた布である。しかし、これまでバンカブリトゥンが南スマトラ州の一角であったため、対外的には、バンカ島の布と言うよりも、パレンバンの布として知られてきた。だが、その名称が物語っているように、まさしく源流はバンカ島のムントックにあったのだ。
リマール布は、簡単に言ってしまえば、イカット(絣)とソンケット(縫取り織り)の合体した布だ。イカット部分は、スマトラ島の多くの地域で見られるように、横糸を染めたもの(Ikat Pakan)で、カリマンタン島やNTT(東ヌサトゥンガラ)州の縦糸を染めたもの(Ikat Lungsi)とは異なる。
ソンケット・パレンバン(あるいはリマール布)の“原点”は、かつてバンカ島にあったチュアル(Cual)と呼ばれる布にあると確信するバンカ島の人々の間で、今、“チュアル布”の復活と復権を目指す動きが活発化している。言い換えれば、エコ新州知事が探そうとしている「バンカブリトゥン州のアイコン」の一つとして、チュアル布を復活させようとする試みだ。その中心にいるのが、州都パンカルピナン(Pangkalpinang)でチュアル布工房を営むマスリナ・ヤジッド(Maslina Yazid)さんだ(一番上の画像)。これまでに30名の織り子を育て、遠くない将来の、(ソンケット・パレンバンとは一線を画す)完璧なチュアル布復活を目指している。
チュアル布は、イカット部分とソンケット部分から成る。イカット部分は横糸を事前に染める。現在は、紡績糸を用い、化学染めだが、かつてのように自然色で染める試みを目指す動きもある。しかしながら、自然色の素材はあっても、色の抽出方法を知るものはなく、この部分の解決が鍵となっている。
約一ヶ月で一枚のチュアル布を仕上げるマスリナさん(右)と、販売戦略を担うご主人。
長女のシャンドラさん(左)も母に教えられ、チュアル布を織り始めた。
インドネシア文化宮(GBI)では、バンカブリトゥン州政府と共催で、8月にも『第一回バンカブリトゥン州チュアル布コンテスト』を計画している。可能な限り、かつてのチュアル布のように天然色染めを期待している。
【参考ブログ】
インドネシアのコマ(独楽)文化(No.9)Gasing Indonesia
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200704article_7.html
バンカブリトゥン諸島州政府公式Website
http://bangkabelitungprov.go.id/
「KOMPAS」紙2006年9月30日
http://www.kompas.com/kompas-cetak/0609/30/Sosok/2985234.htm
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