北スラウェシ州紀行(32) 画家ソニーPerjalanan ke Sulut (32) Sonny
アトリエを州都のマナドから高原の“花の街(Kota Bunga)”トモホン(Tomohon)に移した、北スラウェシ州(Prop.Sulut)を代表する画家のソニー・レンコン(Sonny Lengkong)さん。本名はサムソン・G・A・レンコン(Samson G.A.Lengkong)。地元紙から“東の真珠”と敬称で呼ばれるソニーさんは、1957年7月16日、トモホンで生まれた。『私にとって絵画とは敬虔であるための媒体です』----2男2女の父親であるソニーさんが、噴煙たなびくロコン(Lokon)山に視線を向け、そう語った。濃い口髭に黒い帽子。“芸術は爆発だ”的な発言を予想していたら、あっさりとかわされた。『信じる心、敬虔な心。アートは、その一部です』と。
トモホンと日本は一人の日本人画家によって、見えない赤い糸で結ばれている。先の大戦中、海軍教員として1944年(昭和19年)1月から終戦まで、トモホンの中学校並びに師範学校に派遣された、現日本芸術院会員の庄司栄吉画伯。庄司さんは、2006年2月、61年ぶりに現地を訪ね、当時の教え子たちと再会。その模様は、ドキュメンタリー映画「メモリーズ・オブ・セレベス」に収められた。
上の画像は、ソニーさんと最近一番お気に入りの作品『Dinamika Bendi(二輪馬車のダイナミズム)』2007年作。油絵67 X 57cm。
北スラウェシ州立博物館に収蔵されているソニーさんの作品。
ソニーさんの父、故アレクサンダー・レンコン(Alexander Lengkong)さんも、庄司画伯から絵画を学んだ一人の生徒だった。そればかりか、父親は後に、絵画の教師となり、トモホン・クリスチャン高校の校長も務めた。『僕の父、そしてシニアの画家として尊敬しているヘンク・ンガントゥン(Henk Ngantung)氏も、庄司先生から絵を学んだそうです』とソニーさん。不幸な歴史が、庄司氏をして異国の地で絵画を教える機会を作ってしまったが、少なくとも、庄司氏の存在が、トモホンの地にアートの蕾をもたらしたことは歴然としている。今日の“東の真珠”こと画家のソニーさんがいることは、決して日本軍によるスラウェシ占領と無縁ではない。
大東亜戦争における日本軍によるインドネシア進攻で、最初に上陸を果たした地点は、今日の東カリマンタン州のタラカン(Tarakan)島であった。油田の確保をまず図ったわけだ。タラカン島東海岸に、1942年(昭和17年)1月11日、午前零時、坂口支隊(坂口静夫少将:帝国陸軍混成第56歩兵団)の右翼隊第一次上陸部隊が上陸した。
そして同日の未明、帝国海軍部隊が北スラウェシを急襲した。まず、午前4時、第2護衛隊の佐世保聯合特別陸戦隊のマナド方面部隊(約1,800名)がマナドに上陸。次いで、午前4時20分、ケマ方面部隊(約1,400名)が、ミナハサ半島東海岸のケマ(Kema)に上陸した。さらに夜明けを待って、日本軍にとって最初の空挺作戦となった、第11航空艦隊指揮下の1001部隊(横須賀第一特別陸戦隊・略称は横一特)による落下傘部隊の降下が、午9時52分、トモホン南方のランゴアン(Langoan)にあったオランダ軍飛行場に対して実行された。そして午前11時30分、同飛行場を制圧、夕刻の18時、トンダノ(Tondano)湖畔のカカス(Kakas)にあった水上基地を占拠した(資料は、戦史業書:蘭印攻略作戦、防衛庁防衛研修所戦史室著、朝雲新聞社、昭和42年1月発行による)。このように、日本軍による蘭印(インドネシア)占領の第二歩目の地点が、北スラウェシであった。
トモホン市内の水田地帯の真ん中に建つソニーさんの新アトリエ。
日本人教師によって本格的な絵画授業が行われたトモホンだが、他のインドネシア地域同様に、北スラウェシ州でも、その地方性が故に、プロの画家として生活していくことは、現状では極めて困難な状況にある。『北スラウェシ州では、作品だけで生活することは経済的にまだまだ難しい。画家を自称しても、それだけでは食べていけない』とソニーさんが言う。『ウニマ(UNIMA:国立マナド大学)の講師をしている友人のアリ・トゥルス(Ari Tulus)やテミ・カトッポ(Temmi Katopo)、そしてジョン・サムエル(John Samuel)などは、優れた画家だが、絵画販売の収入だけでは生活できない。これはインドネシアの地方に暮らす画家が抱える共通点だ 』----確かにソニーさんが強調するように、西端のアチェ州でも、東端のパプア州でも、プロの画家は未だ存在しえない状況にある。多くの画家が、別の仕事(本業)を持ちながら、創作活動を続けている。知己のアチェを代表する画家のマフディ・アブドゥラさんは、地元紙のイラストレーターが本業。そしてパプア州の最東南端のメラウケ(Merauke)で絵筆を握るウエンシスラウス・カトゥクドアン(Wensislaus Katukdon)さんは、県庁の臨時職員を務めている。また、東カリマンタン州の多くの画家たちが、サイドビジネスとして刺青彫り師になっていることも事実だ。
その意味では、ソニー・レンコンさんは実に恵まれている。インドネシア東部の、それも北の端に暮らしているが、その独創的な画風で、国内外に多くの著名コレクターを抱えている。その名声は、2004年9月17日~19日に首都ジャカルタのHotel Sahid Jayaで行われた個展「Tradisi dan Modernitas: Kado untuk Sulawesi Utara」に見てとれる。同個展は就任直前のスシロ・バンバン・ユドヨノ現大統領がオープニングを宣言した。
アトリエからは目の前に活火山のロコン山が望める。
アトリエ内部。
ソニーさんの個人秘書のピンカン(Pingkan Wola)さん。トモホンの第一高校で日本語を教えている。1984年4月23日、トモホン生まれ。国立マナド大学(UNIMA)卒業。日本語は4年間学習したとのこと。趣味は?『Hon o Yomu Koto Desu』。
作品『Kasumba II』2004年作。油絵。68 X 73cm。
『ネコをやってみろって?やろうじゃない!こうやるんだよ!』とソニーさん。
ピンカンさん。日本語はとっても上手。
トモホン第一高校で日本語を教えるピンカンさん。
【ソニー・レンコンさんのプロフィール】
Sonny Lengkong(本名:Samson G.A.Lengkong)。1957年7月16日、父アレクサンダー・レンコン(Alexsander Lengkong)、母フリダ・トレック(Frida Torek)の長男として、北スラウェシ州トモホンで生まれる。州都マナドのPGSLP(教師養成学校)で絵画を学び、さらにマナド教育師範大学科学教育学部に入学するも、中途退学。教師生活の後、1985年よりプロの画家として歩む。これまでに、地元はもちろんのこと、州都ジャカルタ、バリ、マカッサル、スラバヤなどで個展を実施。看護師の妻ディーチェ・プトン(Deetje E.C. Putong。愛称ディ)さんとの間に、2男2女。長男のラッキー(Lucky S.S.Lengkong)は自営業。二男のジミー(Jimmy A.N.Lengkong)は国立マナド大学(UNIMA)の法学部社会科学科に在籍中。長女のデボラ(Deborah D.S.Lengkong)は自営業。次女のバレンティナ(Valentina N. Lengkong)は小学6年生。トモホンの家には愛犬のチェリー(雌・15か月)と、数匹のガチョウがいる。ガチョウは“番犬”代わり、とか。
★★インドネシア文化宮(GBI)は、2009年、ソニー・レンコンさんの個展を東京で実施する予定です。★★
【参考ブログ】
北スラウェシ州紀行(31) 経済特区 Perjalanan ke Sulut (31) Kapet
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_34.html
北スラウェシ州紀行(30) コタモバグ Perjalanan ke Sulut (30)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_33.html
北スラウェシ州紀行(29) ブヤット湾 Perjalanan ke Sulut (29) Buyat
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_32.html
北スラウェシ州紀行(28) タルシウス Perjalanan ke Sulut (28)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_31.html
北スラウェシ州紀行(27)サンギヘ Perjalanan ke Sulut (27)Sangihe
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_25.html
北スラウェシ州紀行(26)サンギヘ Perjalanan ke Sulut (26) Sangihe
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_24.html
北スラウェシ州紀行(25) ワルガ Perjalanan ke Sulut (25) Waruga
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_23.html
北スラウェシ州紀行(24) ワルガ Perjalanan ke Sulut (24) Waruga
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_22.html
北スラウェシ州紀行(23) ワルガ Perjalanan ke Sulut (23) Waruga
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_21.html
北スラウェシ州紀行(22) ワルガ Perjalanan ke Sulut (22) Waruga
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_20.html
北スラウェシ州紀行(21) トモホン10 Perjalanan ke Sulut (21)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_17.html
北スラウェシ州紀行(20) トモホン9 Perjalanan ke Sulut (20)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_17.html
北スラウェシ州紀行(19) トモホン8 Perjalanan ke Sulut (19)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_15.html
北スラウェシ州紀行(18) トモホン7 Perjalanan ke Sulut (18)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_14.html
北スラウェシ州紀行(17) トモホン6 Perjalanan ke Sulut (17)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_13.html
北スラウェシ州紀行(16) トモホン5 Perjalanan ke Sulut (16)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_12.html
北スラウェシ州紀行(15) トモホン4 Perjalanan ke Sulut (15)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_11.html
北スラウェシ州紀行(14) トモホン3 Perjalanan ke Sulut (14)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_10.html
北スラウェシ州紀行(13) トモホン2 Perjalanan ke Sulut (13)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_9.html
北スラウェシ州紀行(12) トモホン Perjalanan ke Sulut (12)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_8.html
北スラウェシ州紀行(11) マナド美女 Perjalanan ke Sulut (11)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_7.html
北スラウェシ州紀行(10) 竹楽器 Perjalanan ke Sulut (10)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_5.html
北スラウェシ州紀行(9) ベンテナン布 Perjalanan ke Sulut (9)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_4.html
北スラウェシ州紀行(8) イカット文化 Perjalanan ke Sulut (8)
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北スラウェシ州紀行(7) マナドのお粥 Perjalanan ke Sulut (7)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_2.html
北スラウェシ州紀行(6) マナド(Manado) Perjalanan ke Sulut (6)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200810article_1.html
北スラウェシ州紀行(5) マナド(Manado) Perjalanan ke Sulut (5)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200809article_34.html
北スラウェシ州紀行(4) ブナケン(Bunaken) Perjalanan ke Sulut (4)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200809article_33.html
北スラウェシ州紀行(3) ブナケン(Bunaken) Perjalanan ke Sulut (3)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200809article_32.html
北スラウェシ州紀行(2) シーラカンス Perjalanan ke Sulut (2)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200809article_31.html
北スラウェシ州紀行(1) マナド(Manado) Perjalanan ke Sulut (1)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200809article_30.html
マカッサルの「パニンクル」が二冊目の出版(INDONESIA di Panyingkul!)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200807article_3.html
マカッサル市民ジャーナリズムに支援の手を(Bantuan utk Buku Panyingkul)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200805article_8.html
マカッサル映画鑑賞&マカッサル文学講演(Film & Sastra Makassar)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200804article_2.html
西スラウェシの伝統船サンデックで黒潮海道を航海
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200707article_3.html
トラジャ文化&トラジャ語を学ぶインドネシア理解講座(Budaya & Bahasa Toraja)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200707article_1.html
トラジャ人画家マイク・トゥルーシー個展(Pameran Tunggal Mike Turusy)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200706article_10.html
トラジャ人画家マイク・トゥルーシー個展のお知らせ(Pameran Mike Turusy)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200705article_2.html
北スラウェシ州政府
http://www.sulut.go.id/new/?
マナド市観光局
http://www.manadokota.info/
NSTPB(North Sulawesi Torusim Promotion Borad)
http://www.north-sulawesi.org/index.html
北スラウェシ州サンギヘ諸島県
http://www.sangihe.go.id/
World Ocean Conference 2009
http://www.woc2009.org/
特定非営利活動法人 Manado Net Japan
http://manadonet.com/
Sulutlink Foundation
http://www.sulutlink.org/
北スラウェシ州トモホン市ホームページ
http://www.tomohonkota.go.id/
トモホン市フラワーフェスティバル
http://www.tomohonflowerfestival.com/
2008年トモホン・フラワー・フェスティバルの様子
http://www.tomohonkota.go.id/gallery.php
常夏のスラウェシ島(インドネシア)情報マガジン
http://www5d.biglobe.ne.jp/~makassar/
インドネシアの巨石文化(2) Budaya Megalitik Indonesia(2)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200805article_7.html
インドネシアの巨石文化(4) Budaya Megalitik Indonesia(4)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200805article_10.html
サンギヘ県政府ホームページ
http://www.sangihe.go.id/
シタロ県データ
http://www.sulut.go.id/dataweb/sitaro.pdf
北セレベス滞在記(庄司栄吉画伯のトモホン滞在中のことが書かれています)
http://www5d.biglobe.ne.jp/~makassar/mks/shouji.html
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