芳野未央のアロール島紀行「ウォーレス線を越えろ!」(No.7) Ke Pulau Alor, NTT
インドネシア文化宮(GBI)は、2002年~2008年の7年間にわたって、NTT(東ヌサトゥンガラ)州アロール県(Kab.Alor)との共催で、文化活動を軸とした島興しプロジェクトである大文化祭『エキスポ・アロール』を実施しました。“海のシャングリラ”と言っても過言ではない、美しい海底サンゴの園を有するアロール島とパンタール島、そしてブアヤ島、テルナテ島、プラ島、ケパ島などから成るアロール県。
GBIの呼びかけに応じて、これまで延べ数百名の日本人が現地を訪れた。そして、今夏、ナタラジャ・バリ(Nataraja Bali)を主宰するバリ舞踊家の芳野未央さんが「ウォーレス線を超える」との長年の夢実現を目指して、アロール島に旅立った。中学生の時、初めてバリ舞踊を見て感動。高校に入ると直ちに舞踊練習に着手。大学時代にはバリ島通い---と、芳野さんとバリ島との付き合いは筋金入り。
そして、卒業論文のテーマに「バリ島のコオロギ相撲」を課題に選び現地調査。バリ舞踊からコオロギまで。そういえば、あの『昆虫記』のジャン・アンリ・ファーブルも、昆虫研究の一方で、作曲家としての顔をも持っていた。ひょっとすると、芳野さん、舞踊家の裏面に博物学者の姿を隠しているのかもしれない。以下、シリーズでお届けする芳野未央の『ウォーレス線を越えろ!』紀行。
アロール県政府から伝統村の指定を受けているタクパラ(Takpala)村。石垣と高床式三角屋根。伝統ダンスのレゴレゴ舞踊でも知れれている。
バリ島の東側には、ウォーレス線が通っている。ウォーレス線は、アルフレッド・ウォーレスが発見した生物の分布境界線だ。バリ島はアジア区。ロンボク島以東はオーストラリア区。ウォーレスは、マレー諸島(現インドネシア)の採集旅行を通して、ダーウィンと同時期に独自に進化論に到達した。進化論の島はガラパゴスだけじゃない。インドネシアだって進化論の島々なのだ。(ウォーレスの『マレー諸島』は、旅行記としてとても面白いので、ぜひご一読ください。)インドネシアに通い始めて二十年以上経つが、実は、バリ島より東側に行ったことがない。今回、とうとうウォーレス線を越えてきた。
●2010年6月13日(日) アロール島
----タクパラ村へ----
タクパラ村までは2時間くらいかかると言っていたが、1時間くらいで行っちゃったんじゃないかな。カラバヒ市内から出て、山道をちょっと行ったところだ。山道は尾根を通るようになっていて、振り返ると海が見える。駐車スペースがあって、そこから石段を上がるとタクパラ(Takpara)村。発音は、タッパーラーと聞こえる。パにアクセント。坂というか、ほとんど崖に近い切り立った地形、木立の中に、5~6軒の家が建っている。
村に入ると案内人のマルチヌスさんが出てくる。名前からしてキリスト教徒。緑のスエット上下を着て、小柄だが、彫りの深いごつい顔、ヒゲもじゃのおっさん。強面と言っていい見た目だが、むちゃくちゃ物腰柔らかである。「いや~~、ようこそおいでになりましたねえ~。この村はね、昔からの伝統的な暮らし方をね、守ってるんですよ。さ、どうぞ、こちらの家へ。はい。ここね、上がっていいですから~どうぞ~」
車道の終わった所に急坂。この上にタクパラ村がある。
タクパラ村は伝統的な暮らしのモデルケースみたいなところで、実際にここで暮らしている。(テーマパークではない)。電気も電話も引かれていない。ガスも使っていない。説明用の、人の住んでいない家に上がらせてもらう。住んではいないが、マルチヌスさんち。彼の先祖が建てて、ずっとそのまま使っている。高床の上に、大きな四角錐型の草葺き屋根がのっかっている。
四角錐の高い屋根。三層構造。高床の一階のテラスは昼寝にもってこい(撮影:GBI)。
広場の上には、村の宝物を収めた祠が建つ。
高床の一層目は、壁無し。4本の柱の内側は、物置になるようで、30センチくらいの囲いがついている。外側は縁側のようになっていてくつろげるようになっているようだ。床は竹を割って開いたものを敷いてある。そこで座って、ちょっと説明を聞き、はしごで二層目に上がる。二層目は、すでに屋根の中である。暗くて何にも見えない。が、10分くらいすると見えるようになってくる。人体の不思議。
一階のテラス部分。リビングとして使用。お昼寝に最適。
床下の構造。
二層目の一角にいろりがある。マルチヌスさんが熾火を掻き立て、缶カラランプに火をともしてくれる。木の床の上に、火床があるのかー。木の枠に平らな石を敷き、土を詰め、薪を燃やす。いろりの上には網棚が吊ってあって、肉などをのせて燻製にする。いろりの火を絶やしてはいけない。火を絶やすと、あっという間にシロアリが来て家が壊れてしまうそうだ。寝るのもこの二層目で、パンダナスのござを敷く。
二層目にある囲炉裏。
天井の様子。
建物の骨組みは、3~4代前に作ったまま、まだまだ使える。釘などは使わず、ラタン(籐)で縛って作ってある。木組みの角をラタンが斜めにつなぎ止めており、ねじったラタンの間に木片を挟んで止めてある。建材は全て地元の自然の物で、各種の樹木の材、ラタン、各種の竹を使っている。イルハン君曰く、アロールには5種類の竹があり、太さがみんな違う。この建物ではたぶん、一番細いの以外全てを使っている。
家の中にはゴングが置いてある。伝統舞踊の必需品。
さらに三層目があり、食料などの倉庫になっている。下で火を焚いているので、悪くならないそうだ。煙くて、目が痛かったよー。はしごなので、必ず手で掴まって登るのだが、けっこうホコリっぽい。だいたいホコリがあるんだかないんだか、何がついてるんだか、ほとんど見えないので、触ってしまうのが当然。手や足に土埃がつくのが当然。現代日本が、いかにおキレイに暮らしているかということを思う。人間、やろうと思うとご清潔に暮らせるものなのだなあ。
一層目に戻って、コピをいただきながら話を聞く。ここはアブイ族の村の一つ。アブイ族はそれなりに広い範囲に暮らしており、このくらいの村がいくつもある。言語もアブイ語である。マルチヌスさんが、タバコを巻き始める。白く乾かしたロンタルヤシの葉を山刀でしごいて薄く柔らかくし、適当な長さに切る。刻んだタバコ葉を巻いて、最後にロンタルの端を細く裂いて、ぐるっと回してねじねじして止める。
その辺の露地に生えてるあの幅広の葉の植物はタバコだよなあ、と思っていたら、やっぱり自家製。せっかくなので、味見させてもらう。私は普段タバコを吸わないが吸えないこともない。キツいタバコで舌がしびれる感じはいい。インドネシアの代表的なタバコ、グダン・ガラムの強いやつは美味しいと思うし、日本ではキセルを持っていてたまにふかす。キセル用のタバコは現在「小粋」しか販売されていないのだが、これがピリッとして美味しい。お勧め。
話がそれた。タクパラの自家製タバコだ。これはマイルド。しかも、ロンタルはいやな味も臭いもまったくしなくて、紙巻きより全然良い。「どうだい?」「うーん、マイルドですねえ。美味しいです」「そう!これは軽いの。実は、もっと良いのがあってね、これは頭がクラクラする。がつんとくるのがあるんだよ。ちょっと持ってくる」。初摘みの葉のほうが、強いタバコになるんだそうだ。「タバコがなかったら、私たちの生活は立ち行かないね」
庭でタバコの葉を干している。マルチヌスさんがタバコを巻く。
棕櫚椰子(ロンタール)の葉でタバコ用の包み紙を作る。村の中にはタバコが植えられている。
厳しい山の中の生活において、タバコは一種の気付け薬なのだろう。日本のように安価で軽い嗜好品ではなく、もうちょっと大事にされている。そもそも、タバコ発祥の地である南米でも神と交感するための道具であったりしたわけで、現在の日本のようにタバコを悪役扱いばかりするのはどうかと思う。
ところで、タバコは南米原産だ。タッパラの主要作物はトウモロコシだそうだが、これも南米原産。いつから、そうなったのだろうか。ヨーロッパ人が持ち込んだのだろうから、ここ100年以内じゃないかと思うが、その前の生活はどのようなものだったのだろう。けっこう最近まで狩猟はしていたようだが、獲物が少なくなるとともに廃れてきたようだ。鳥や鹿を獲っていたと言うが、山道を走っていても、あまり動物の気配が濃くない。バリのほうが鳥の声が多いような気がする。これはもっと森の中に踏み込めば違うのか、元からこういう環境なのか。
2008年11月15日、インドネシア文化宮で始まったバリ島舞踊写真展(2008年11~2009年2月)オープニングでバリ舞踊のPanyambrama(歓迎の踊り)とMargapati(森の王の踊り)を披露する芳野さん(撮影:GBI)。
(注)画像は特に表示がない場合、芳野未央さん撮影
http://www.digibook.net/d/5a55edff8018b2752293a9157f6a8524/?viewerMode=fullWindow
http://www.digibook.net/d/9685ad5b91d8923922d129854b604466/?viewerMode=fullWindow
【芳野未央プロフィール】
1988年4月 東京都立小平南高等学校入学。バリ舞踊を学びはじめる
1992年4月 東京農業大学農学部農学科入学
1996年3月 東京農業大学農学部農学科(昆虫学研究室)卒業
1996年9月 インドネシア政府国費留学生(ダルマシスワ)としてインドネシア芸術大学バリ島デンパサール校
STSI(現ISI)留学。バリ舞踊専攻
1998年3月 帰国
1998年5月 自主公演「ナタラジャ・バリ」第一回開催。以後、平成20年まで9回開催
2000年6月 ガムラングループ・スカールジュプンのバリ島アートフェスティバル公演に参加。
2005年3月 スマトラ沖地震被災地アチェ支援チャリティー「ゴトンロヨン」公演(都内3箇所)
2007年6月 創作ガンブー公演「竹取物語」演出・振付・出演
<講師歴>
1999年 4月~ 読売日本テレビ文化センター 錦糸町校
2005年12月~ 神宮外苑フィットネスクラブ サマディ
2010年 2月~ 東急セミナーBE 渋谷校
<バリでの師匠>
【 】内は習った踊り。
・イブ・チュニック:バトゥアン村、ジョゲピンギタンの踊り手。バリ最高齢の現役ダンサーだったが、2010年、85歳(推定)で天寿を全うする。トペン舞踊の名手まマデ・ジマットの母。【ジョゲピンギタン、バトゥアンのルジャン】
・イブ・カスニン:シンガラジャ・サワン村、タルナジャヤの踊り手。タルナジャヤ作者から直接教えを受けた最後の世代。数年前に亡くなる。【クビヤール・レゴン】
・グス・アジ・ブランシンガ:ブランシンガ村、クビヤール・ドゥドゥックの踊り手。70歳を超えてなおダンディな往年の大スター。【クビヤール・ドゥドゥック、バリス】
・グスティ・アユ・ラカ:プリアタン村、オレッグ・タムリリンガンの最初の踊り手。伝説的な踊り手マリオに直接指導を受けた最後の世代。【オレッグ・タムリリンガン】
・アナック・アグン・ラカ:プリアタン村、プリアタンスタイルの継承者。グヌンサリ、ティルタサリ、両舞踊楽団の創始者マンダラ翁の娘さん。【プリアタンスタイルのレゴン各種、ペンデット、プスパメカール】
・イブ・アユ・コルミ:スバリ村、ジョゲピンギタンの踊り手。スバリスタイルのジョゲピンギタン唯一の継承者。【ジョゲピンギタン】
・アナック・アグン・アノム:ウブド村、バリスの名手。スマララティ舞踊楽団のリーダーでもある。【バリス】
・イブ・アユ:ウブド村、オレッグとタルナジャヤの名手。アノムの妻であり、グスティ・アユ・ラカの姪。【タルナジャヤ、レゴン】
・イブ・スカール:バトゥアン村、イブ・チュニックの孫。バトゥアンのお家芸ガンブーをはじめ、男踊りもこなすマルチプレイヤー。【ガンブー、ウィラナタ、など】
・ニョマン・ブディアルト:バトゥアン村、イブ・チュニックの孫。マデ・ジマットの長男で最強のジャウック・ダンサー。【トペン・ニッコー、ジャウック】
・チョコルド・ルクミニ・プトゥリ:シンガパドゥ村、オレッグを得意とする。最近ではアートフェスティバルのコンペティションのための指導を数多く手がけ、多くを入賞に導いている。【プスパワルナ、チャンドラワシ、マヌックラワ、ユダパティ、ダヌールダラ、ウィラナタなど】
・イブ・アリニ:デンパサール市、レゴンの名手。【ドゥマンミリン】
・イブ・スシラ:デンパサール市、チョンドンの名手。【レゴン・ラッサム】
・イブ・パルティニ:デンパサール市、古典的男性舞踊の名手。【パンジ・スミラン】
・イブ・チャンドリ:シンガパドゥ村、歌謡劇アルジョのカリスマ。バリ歌謡といえば、第一にこの人の名前が挙がる。【アルジョ】
・バパ・スクルタ:パヤンガン村、影絵劇ワヤンの演者(ダラン)。トペン舞踊も踊る。【歌】
・イブ・アグン:タティアピ村、ジャンゲールの継承者。古いスタイルのジャンゲールの男女両方の歌と振り付けを教えられる。インドネシア空手シラットの使い手でもある。【ジャンゲール】
【関連ブログ】
芳野未央のアロール島紀行「ウォーレス線を越えろ!」Ke Pulau Alor, NTT~(No.6)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201011article_17.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201011article_18.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201011article_19.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201011article_20.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201011article_21.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201011article_22.html
『LIKE・A・BALIJINウブドの達人展』スタート(Pameran Foto Bali)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/200811article_19.html
【芳野さんのWebsite】
ナタラジャ・バリ(Nataraja Bali)ホームページ
http://www.geocities.jp/nataraja_bali/
ナタラジャ・バリのバリ島の本
http://blog.livedoor.jp/balibooks/
【アロール島関連ブログ】
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/c88587e2d0.html
【東ヌサトゥンガラ州関連ブログ】
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/46f57db1d2.html
【アロール関連動画】
東ヌサトゥンガラ州アロール島の海 The Sea of Alor Island
http://www.youtube.com/watch?v=u00GOBDWVfE
NTT州アロール島のレゴレゴ・ダンスの今昔 Lego-Lego Dance of Alor Regency, NTT
http://www.youtube.com/watch?v=o5PvQtRPtKs
東ヌサトゥンガラ州フローレス&アロール島 Promotion Video Flores & Alor Islands
http://www.youtube.com/watch?v=M0EZqVYBr2Y
東ヌサトゥンガラ州プロモーションビデオ Promotion Video NTT Province Indonesia
http://www.youtube.com/watch?v=GuP7Qg1801g
【ササンドゥ関連ブログ】
http://grahabudayaindonesia.at.webry.info/theme/7a2ebd273c.html
【ササンドゥ関連動画】
バリ芸術祭でザカリアス・ンダオンさんがササンドゥ演奏(1) PKB ke-32(撮影:芳野未央)
http://www.youtube.com/watch?v=itE5oQ1MA9I
バリ芸術祭でザカリアス・ンダオンさんがササンドゥ演奏(2) PKB ke-32(撮影:芳野未央)
http://www.youtube.com/watch?v=rz6Wc__3DJ0
【ササンドゥ関連動画一覧】
http://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B5%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5&aq=f
アロール県政府公式ホームページ(インドネシア語)
http://www.alorkab.go.id/
NTT(東ヌサトゥンガラ)州政府公式ホームページ(インドネシア語)
http://www.nttprov.go.id/
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