再録『GBIニュース』1999.7.10 【会見】 作家プラムディア・アナンタ・トゥ―ル

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大川誠一の『GBIニュース』  1999年7月10 Berita GBI(10 Juli 1999)
「丁字タバコは手放せない」とプラムディア・アナンタ・トゥ―ル氏。

【インタビュー】 作家プラムディア・アナンタ・トゥ―ル

『若い世代の勇敢さに期待したい。彼らがインドネシアを変革する』

『諸悪の根元は陸軍の支配にあった』

『日本へも行ってみたい。しかし.......』


インドネシア最大の作家と言えば、プラムディア・アナンタ・トゥ―ル(74歳)。異論を挟む余地がない。抗オランダ植民地主義の渦中で、革命と独立を文学に刻み、そしてスハルト新秩序時代、理由なき14年間もの投獄。流刑地ブル島で書き上げた長編四部作は、近代インドネシア文学の金字塔とされる。

同氏は、38年ぶりにこの4~7月欧米を旅行してきた。『スハルト政権の崩壊がそれを可能にした。日本へも是非行ってみたい』と。

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妻と孫と

ジャカルタ東部、ウータン・カユ(Utan Kayu)地区。車一台がやっと通れるような細い路地。坂道の途中に、この“インドネシア初の”ノーベル文学賞候補者の自宅はある。

『いつも、この中庭の椅子に座って、向こうに見えるゴミ焼き場の煙を眺めているのです。気になってしょうがない。うまく燃えていないときには、降りていって自分がゴミ山をひっくりかえしてます』----ゴミを燃やすこと、そして近所から拾ってきたタイルの廃材を再利用して床材を作ること、それが現在のプラムディア氏の趣味だ。『ボゴールに1ヘクタールもない土地を持ってますが、昔はそこで鍬を握るのが好きだった』とも。

プラムディア氏の作品は、日本語も含めこれまで30カ国語に翻訳されている。『今は小説を書く気がない。新作を発表する気持ちもない。最近では主に海外のマスコミに書いている。アメリカのタイム誌や、ニューヨーク・タイムズ、それから英国のBBCなどだ。国内での収入はほとんどない。海外からの印税で生活ができている』と。

マエムラ・タムリン(Maemurah Thamrin)夫人との間に8人の子供。孫は15人もいる。“圧迫からの休暇”と表現する三ヶ月に渡る欧米旅行から7月5日に帰国したばかりだ。アメリカ、カナダ、オランダ、フランス、ドイツを廻ってきた。アメリカでは二つの表彰を受けた。ミシガン大学から5月1日に、人間文学に対する貢献により名誉文学博士号。そしてカリフォルニア大学バークレー校からは、5月12日、The Chancellor's Distinguished Honor Awadを。そしてフランス文化省から文学発展に貢献したことによる大臣賞、さらにドイツのPENクラブから、ドイツ人以外では初のメンバーシップ資格を得た。


以下二時間にわたった会見の抜粋。

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筆者と共に。上の写真はプラムディア氏の両親。

これまでの74年間の人生の中で、一番辛かったこと、そして一番嬉しかったことは何でしょう?

私がまだ17歳の時、そう日本軍が侵攻してきて二ヶ月後、母(Siti Saidah)が34歳で亡くなりました。母は妊娠していたのです。赤ちゃんも母と同時刻にこの世を去りました。看病から死に至るまで、長男である私が一切合切処理したのです。その頃、父(Mas Toer)はもう家にはいなかったのです。父は私が13歳の頃からどこかへ行ってしまったのです。その後、長男の私が一家の生活費を稼がなくてはなりませんでした。本当に辛かった。ブル島での体験よりも辛かった。楽しかったことはあまり記憶にないな。でも、この世は極楽ではなく人の住む世俗の世なのです。ですから色々な事があって当たり前なのでしょうね。

あなたにとって文学とは?

それは、Nation Buildingの一手段だと思います。新しいモラルを生み出すための過程です。

今日のインドネシア文学をどのように見ますか?

私は45年世代。以降のことはよく分からない。自分は今でもNation Buildingをしています。この国はNationとはなったものの、未だに完璧ではないのです。他人が書いた小説などほとんど読みません。だから知らない。読む気持ちもありません。確かに、色々な人が本をくれますが、どれも置いておくだけで読んだことはありません。将来も読む気持ちは生まれないでしょう。新聞は『KOMPAS』や『Media Indonesia』それから『Suara Karya』を読んでます。『Suara Karya』は与党ゴルカルの姿勢を知るためでした。雑誌類は一切読みません。私の関心は唯一、スハルト政権崩壊だったのです。スハルトは政権から下りました、しかしハビビによって旧体制は続いています。新作に関しては、今自分はたぶんもはや書く能力がない。

スカルノ、スハルト、そしてハビビとはあなたにとって何だったのでしょうか?

スカルノはインドネシアを統一しました。これが一番の貢献でした。一方スハルトはこの国の全てを吸い込んでしまいました。スカルノが造り上げたものを何もかも破壊して、それを自らのために利用してきたのです。そしてハビビはスハルト新秩序を必死に守ろうとしています。歴史にスハルトがいなかったほうが良かった。スハルトの唯一の国家に対する貢献と言えば、イリアン・バラット(注:Irian Barat。現在のIrian Jaya州)の解放ぐらいなものでしょう。

何がこのインドネシアの今日を生んだのでしょうか?

諸悪の根元は陸軍にある。これは間違いないことだ。革命時代、ナスチオン将軍によって、陸軍が国家の中の国家となってしまった。すでに40年代にもそうなってしまった。スカルノ時代、政治はスカルノが担当したが、テリトリアルに関しては陸軍が担当した。これがそもそもの間違いだった。スカルノは軍出身でないから陸軍のことをよく分かっていなかった。インドネシアは海洋国家なんだ。だから、本来は海軍がテリトリアルを担当すべきだった。ところが実際は陸軍が台頭した。州知事から村長のポジションに至るまで陸軍の兵士が押さえてしまった。彼らは自分たちこそがPutra terbaik(最良の男子)との間違った神話を創り上げてしまった。海洋国家を陸軍が支配してしまったわけだ。そして陸軍は「殺人」を通じてすべての問題の解決を図ろうとしてきた。もしも海軍が主流になっていたら、この国はもっともっとまともになっていただろう。陸軍の敵は、武器を持たない国民そのものだったのだ。21世紀、軍の主流は海軍、そしてプラス空軍へと移らなくてはダメだ。敵は外にいるのであって、国内にはいない。防衛は外からの敵に立ち向かうものだ。ところが、陸軍は国内の敵探しにやっきになった。守るべき国民を敵にした。

海外旅行のために今回の総選挙は参加しませんでしたね?

国内にいても行かなかっただろうね。だって、選挙権はあっても私には被選挙権が与えられていないから。このインドネシアという国は“大きな刑務所”みたいなものだ。もしも私が投票に行けば、結果的には“巨大な専制君主”を選ぶことに手を貸すことになってしまう。嫌だね。それでは意味がない。正直言って私はPRD(民主人民党)の支持者です。PRDのみがこの国のことを真剣に考えています。ブディマン・スジャトミコ党首(GBIニュース99.7.8参照)の手は汚れていない。彼のポケットも汚れていない。彼の考えは光り輝いている。コンセプトも持っている。彼は未来のインドネシアの有力な大統領候補だろう。

メガワティPDIP(闘争民主党)が次期有力大統領候補と言われていますが?

私は彼女も信用しない。彼女の父スカルノの支持者がスハルト政権によって200万人も殺されたのに、彼女はそれを問題にしていないように見える。

この国の未来は?

若い世代に期待したい。彼らならできると信じている。仮にできない場合、心配する必要はない。なぜならその次の世代がやるだろうから。私はやるべきことはやってきた。もう私が出る幕ではない。彼らには勇敢さを期待したい。何事に対しても、判断し、決断し、実行する勇気を期待した。それがない限り、この国の国民は永遠に家畜だ。しかし、私は楽観主義でもある。次世代が21世紀に新インドンシアを築くだろう。理想とするインドネシア像は、個人個人の主権が守られ、人権が守られ、そして民主的な国家だ。しかし、その民主主義とは欧米の民主主義ではない。彼らのデモクラシーは、彼らの国内だけのデモクラシーであって、外に対しては非デモクラシーを行っている。私は、一愛国主義者だが、将来はすべてのイデオロギーが存在し、許される社会でなければだめだ。

日本への期待は?

日イ関係はそれぞれの利益に基づいたお金だけの間柄だった。資本主義の関係だけではなく、より人間的な関係を築かなければならない。日本へも元気なうちに是非行ってみたい。

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仏文化省から授与された表彰状とプラムディア氏

【プロフィール】

Pramoedya Ananta Toer。1925年2月6日、東ジャワのブロラ(Blora)で8人兄弟(男5・女3)の長男として生まれる。身長166cm、体重60kg、血液型B。宗教は「KTP(住民票)」の上ではイスラ<ムとなっているが、本当は『自分自身』とのこと。
196510.13-1979.12.21、計14年間の投獄生活。投獄理由は「不明」、裁判は「無し」とプラムディア氏。出獄後は、一週間に一度の当局(軍)への出頭が義務づけられていた(計2年間)、後、一月に一度に緩和。1994年12月10日の「人権の日」に“自由人間”を宣言。『1996年11月18日に、UNESCOからMadarjeet Singh Prizeを授与されると、当局からインテルが送り込まれてこなくなった。しかし昨年5月のジャカルタ暴動の際には、「どのように思われますか?」と感想を求めてきた。だから言ってやったんだ。「お前らが仕組んだんじゃないか?」とね。そしたらそれ以降今日まで当局は来ない』と。
主要作品に『人間の大地』、『すべての民族の子』、『足跡』、『ガラスの家』など。


お願い: インドネシア文化宮(GBI)では、プラムディア氏の希望と要請を踏まえて、同氏並びに奥方、さらにユスフ・イサック(出版社経営)氏夫妻の計4名の来日講演の実現に向けて、『プラムデイィア氏を招く会』をスタートさせます。問題は招聘費用です。高齢であること、さらにプラムディア氏が持病の糖尿病のため一日二回の投薬(注射)が必要なことを勘案しますと、どうしてもこの四名の構成は崩せないとのことです。欧米旅行もこのメンバーで実施したそうです。必要経費は、滞日期間にもよりますが、相当な費用が必要になることは間違いありません。どのようにその資金を調達したらいいのかについて皆様のご意見とアイデアをうかがいたいと思います。ご協力お願いいたします。


【備考】

プラムディア氏は2006年4月30日、81歳で逝去。

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【参考ブログ】

再録『GBIニュース』1999.7.8 獄中のブディマン・スジャトミコPDR党首と書面会見
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_21.html
再録『GBIニュース』1999.7.7 インドネシア最大のゲイ組織創設者デデ・ウトモ氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_18.html
再録『GBIニュース』1999.7.6 インドネシアの新聞王ダフラン・イスカン
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_15.html
再録『GBIニュース』1999.7.5 スラバヤ発【血判】 メガワティを大統領に!
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_14.html
再録『GBIニュース』1999.7.4 画家ハルディ氏が初公開するウィナのヌード画
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_11.html
再録『GBIニュース』1999.7.3 スラバヤ発【紙幣】 新50,000ルピアが発行される?
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_10.html
再録『GBIニュース』1999.7.2#2 【会見】アファン・ガファールUGM講師
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_9.html
再録『GBIニュース』1999.7.2 FOSMIが機関誌『PORT NUMBAY』を発行
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_8.html
再録『GBIニュース』1999.7.1 国立国語研究所でインドネシア語の検定試験を実施
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_7.html
再録『GBIニュース』1999.6.30【新刊】HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングルム
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_3.html
再録『GBIニュース』1999.6.29【セミポルノ新聞】タブーに“挑戦”するタブロイド紙『POP』
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201202article_1.html
再録『GBIニュース』1999.6.28 【会見】インドネシア・テレビ史の"生き字引"イシャルディ氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_31.html
再録『GBIニュース』1999.6.27 【刑務所】 日曜日のチピナン刑務所
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_30.html
再録『GBIニュース』1999.6.26  【インタビュー】 ムニールKONTRAS代表
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_28.html
再録『GBIニュース』1999.6.25 【紙幣】5万ルピア紙幣に秘められた重大な事実とは?
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_24.html
再録『GBIニュース』1999.6.24 【インタビュー】 アリ・アラタス外相
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_23.html
再録『GBIニュース』1999.6.23 画家ハルディのモデルがアルマーニのモデルへと華麗な変身
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_21.html
再録『GBIニュース』1999.6.22#3知られざるアリー・スミットの名画に触れる
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再録『GBIニュース』1999.6.22#2 【写真展】『インドネシア・歴史の中の芸術家たち』
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再録『GBIニュース』1999.6.22 バリ島ウブドゥのコマネカ・ファイン・アート・ギャラリー
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再録『GBIニュース』1999.6.21【トッペン】GBIがバリ島最高峰のトッペン(仮面)を東京へ
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再録『GBIニュース』1999.6.20 【会見】スリ・スルタン・ハメンクブォノ10世
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再録『GBIニュース』1999.6.19 【会見】イフラスル・アマールUGM(国立ガジャマダ大学学長
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再録『GBIニュース』1999.6.17#2 【インタビュー】 シャルワン・ハミッド内務大臣
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再録『GBIニュース』1999.6.17#2 【インタビュー】 シャルワン・ハミッド内務大臣
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再録『GBIニュース』1999.6.17 【インタビュー】 ウィラント国防治安相兼国軍司令官
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再録『GBIニュース』1999.6.16 【インタビュー】ヘリー・コマール『GAMMA』誌編集長
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再録『GBIニュース』1999.6.15【出版事情】 笑いでストレス解消! ユーモア本が氾濫
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_7.html
再録『GBIニュース』1999.6.14【総選挙&マスコミ】 GBI代表TVRI出演
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_6.html
再録『GBIニュース』1999.6.13#3【政治倫理】 PUSKAP(政治・政府倫理教育センター)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201201article_5.html
再録『GBIニュース』1999.6.13#2 【人】 画家ハルディTVRIでゴルカル党を酷評。
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再録『GBIニュース』1999.6.13 【総選挙】 UGM教授が開票最終結果を予想
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201112article_18.html
再録『GBIニュース』1999.6.12 【映画】 新作『SRI』 月中旬ジャカルタと東京で初上映
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201112article_17.html
再録『GBIニュース』1999.6.11 【インタビュー】 ジョニー・ルミンタン陸軍副参謀
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201112article_15.html
再録『GBIニュース』1999.6.10 【インタビュー】 映画監督ガリン・ヌグロホ
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再録『GBIニュース』1999.6.9 ハッジ・モハマド・スハルト前大統領
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再録『GBIニュース』1999.6.8 女優クリスティン・ハキムさんと見た総選挙
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再録『GBIニュース』1999.6.7 『漫画で学ぶ改革派の闘士アミン・ライス』
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再録『GBIニュース』1999.6.5 インタビュー:女優のクリスティン・ハキムさん
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再録『GBIニュース』1999.6.2 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(5)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201112article_5.html
再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(4)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201112article_3.html
再録『GBIニュース』1999.5.31#2 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201112article_2.html
再録『GBIニュース』1999.5.30 インタビューシリーズ【イリアンジャヤ】(3)~(1)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201112article_2.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_30.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_29.html
再録『GBIニュース』1999.5.21 インドネシア手描き絵葉書展
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再録『GBIニュース』1999.5.18 【ヌサンタラ横断・メラウケからサバンまで】(7) ~(1)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_27.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_26.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_25.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_23.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_22.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_21.html
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_20.html
再録『GBIニュース』1999.5.17 【人】 スマディ駐日インドネシア大使
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_24.html
再録『GBIニュース』1999.3.15JIF(日本インドネシア科学技術フォーラム)が運営委員会開催
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再録『GBIニュース』1999.3.11【インドネシアのジョーク&ユーモア特集7】 『頭文字略語』
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再録『GBIニュース』1999.3.10【インドネシアのジョーク&ユーモア特集6】 『東ティモール』
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再録『GBIニュース』1999.3.9 【インドネシアのジョーク&ユーモア特集5】『お札の価値』
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再録『GBIニュース』1999.3.8【インドネシアのジョーク&ユーモア特集4】『脳の値段』
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再録『GBIニュース』1999.3.7【インドネシア・ジョークユーモア特集3】インテル・インサイド
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再録『GBIニュース』1999.3.5 【ビジネス】イリアンジャヤから熱帯魚バラムンディを輸出希望
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再録『GBIニュース』1999.3.4【インドネシア・ジョークユーモア特集2】 それだけは求めるな!
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再録『GBIニュース』1999.3.3【インドネシア・ジョーク&ユーモア特集1】 『地獄への電話』
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再録『GBIニュース』1999.2.25 【人】 アンティック・ストーンとジュナイディ・ハンドコ氏
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再録『GBIニュース』1999.2.24 イリアンジャヤへ帰った研修生ベルナドゥス・ティパガウさん
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再録『GBIニュース』1999.2.23 【インタビュー】 作家セノ・グミラ・アジダルマ氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_8.html
再録『GBIニュース』1999.2.14 IWAPI(イ女性経営者協会)が3月ジャカルタで国際セミナー
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_7.html
再録『GBIニュース』1999.1.19#2ラトゥナ・サルンパエット女史が演じる『マルシナは訴える』
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_6.html
再録『GBIニュース』1999.1.19 【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情(2)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_4.html
再録『GBIニュース』1999.1.18【会見】国家人権委員会)事務局長クレメンティノ・アマラ―ル氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_3.html
再録『GBIニュース』1999.1.15  【書籍】 タブーが消えたインドネシア出版事情
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_2.html
再録『GBIニュース』1999.1.14 【会見】UILPEM(社会経済研究所)スリ・ムルヤニ所長
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201111article_1.html
再録『GBIニュース』1999.1.13 CAPS(農業政策研究センター)所長のH.S.ディロン氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_31.html
再録『GBIニュース』1998.12.22 【会見】アンディ・アリフィアン・マラランゲン行政法学者
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_30.html
再録『GBIニュース』1998.12.15  【会見】 メガワティ・スカルノプトゥリ
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_29.html
再録『GBIニュース』1998.12.14#2 【会見】PAN(国民信託党)総裁アミン・ライス氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_28.html
再録『GBIニュース』1998.12.14 【インタビュー】 詩人レンドラ
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_27.html
再録『GBIニュース』1998.12.13 P3M(プサントレンと社会の発展協会)会長マスダール氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_26.html
再録『GBIニュース』1998.12.12 【インタビュー】 不動産評論家パナンギアン氏
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_25.html
再録『GBIニュース』1998.12.11#2 会見:インドネシア国軍総参謀長ファフルール・ラジ中将
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_24.html
再録『GBIニュース』1998.12.11GBIとIWAPI(インドネシア女性経営者協会)が協力
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_21.html
再録『GBIニュース』1998.12.10#2 HMI(イスラム学生協会)会長アナス・ウルバニングル
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201110article_19.html

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