インドネシア共和国34州に。 Provinsi baru: Kalimantan Utara

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今週初め(2013年4月22日)、インドネシア共和国に第34番目の州が正式に発足した。カリマンタン(ボルネオ)島の北部。インドネシアがカリマンタン島と呼ぶ同島は、グリーンランド、ニューギニア島に次ぐ、面積で世界第三位の巨島。その面積は日本のおよそ二倍。これまで、同島にはこれまで東西南中を冠する4州があったが、北(Utara)カリマンタン州の誕生で、計5州となる。ちなみに、同島の北辺には、マレーシア領のサラワク州やサバ州がある。
インドネシアが59州になったら?

北カリマンタン州(Provinsi Kalimantan Utara)は、これまでの東カリマンタン州(Provinsi Kalimantan Timur)から分割・独立したもので、スハルト政権崩壊後に始まった地方自治向上の路線に沿ったものだ。州とはタンジュン・セロール(Tanjung Selor)、人口はおよそ74万人。この新州の一角を占めるタラカン島(Pulau Tarakan)は、先の大戦と無縁ではない。

太平洋戦争(大東亜戦争)の開戦。蘭印(オランダ領インドネシア)の豊かな石油を始め、天然資源獲得を第一義に、ハワイ真珠湾奇襲攻撃の成功を受け、日本軍は南方攻略作戦に着手した。すでに占領したフィリピンのミンダナオ島を根拠地に、蘭印への第一歩は、セレベス(スラウェシ)島北端のマナド(Manado・メナド)、そしてボルネオ(カリマンタン)島東岸のタラカン(Tarakan)島並びにバリックパパン(Balikpapan)に対する上陸作戦だった。

昭和17(1942)年1月11日、日本時間零時、坂口支隊(混成第56歩兵団長坂口靜夫少将)の右翼隊(歩兵第146
連隊長山本恭平大佐)が、タラカン島東岸アマル川北方の海岸に、零時三十分、海軍呉ニ特(呉第ニ特別陸戦隊)が同じ地点への上陸に成功した。

タラカン島には、リンカス、ペムシャン、バットドア、ゴンチャンコール、ジュワタなどの油田地帯があり、また島西部に飛行場もあった。油と飛行場。この二つは次のバリックパパン(Balikpapan)攻略戦、そして最終目的地であるスマトラ島とジャワ島の占拠を前に、絶対確保の対象だった。同地を守備するおよそ1,400名の蘭印軍は、日本軍上陸に先立ち、その大部分を破壊していた。それでもリンカス油田には焼失を免れたタンクに重油12,300トンとドラム缶入りの重油が120本あったとされる。上陸翌日、蘭印軍は降伏。その捕虜数は871名だった。

占拠した飛行場の滑走路は、上陸二日後に連合軍機の空襲を受けたが、五日後には長さ700m、幅30mが使用できるようになった。1月16日、ミンダナオ島西部の沖合いに浮かぶホロ(Jolo)島から、日本軍の戦闘機9機と陸偵2機がタラカン島に飛来した。

新州の前途は、当面、主に石炭開発・輸出による経済基盤の拡充が期待されている。また、マレーシアのサラワクやサバ州と隣接している地政学的好条件を最大限活かした未来が予想される。さらに、すぐ北東にフィリピンのミンダナオ島があることは、イスラム・イシューとの関連は別問題として、地政学的には対マレーシア同様に、未知なる可能性を包括している。

インドネシアの“地方自治の向上”は、計34州で終わるとは思われない。例えば、最東端の“分離独立運動が盛んな”パプア州&西パプア州(ニューギニア島東経141度を境に西半分)を見ても、現在の2州が近い将来5州になる可能性が大だ。すなわち、南西パプア州と南パプア州の誕生だ。とは言え、巷の願望によれば、最終的には計59州ぐらいにならないと、あらゆる面で『多様性』を抱える同国の真の地方自治は完結しないとの声もある。
それらは、例えばスマトラ島では:Nanggroe Aceh、Darussalam、Leuser Raya、Singkil Raya、Sumatera Timur、Tapanuli Niha、Barumun Raya / Mandailing、Barumun、Rokan、Riau、Inderagiri、Kepulauan Riau、Jambi、Bengkulu、Sumatera Selatan、Musi Raya、Lahat、Kepulauan Bangka Belitung、Lampung。

そしてジャワ島では、Banten、DKI Jakarta、Jawa Barat、Cirebon、Banyumas、Jawa Tengah、DI Yogyakarta、DI Surakarta、Jawa Timur、Banyuwangi、Madura。そしてバリ島以東ではBali、Nusa Tenggara Barat、Nusa Tenggara Tengah、Nusa Tenggara Timur。

カリマンタン島では、Kalimantan Barat、Kapuas Raya、Ketapang、Kotawaringin Raya、Kalimantan Tengah、Barito Raya、Kalimantan Utara、Kutai Raya、Kalimantan Timur、Kalimantan Selatan。スラゥエシ島では、Sulawesi Utara、Gorontalo、Sulawesi Tengah、Sulawesi Timur、Sulawesi Selatan、Sulawesi Barat、Luwu Raya、Sulawesi Tenggara。

マルク方面は、Maluku Utara、Maluku Tengah、Maluku Selatan。そして最東端のパプア方面はPapua Barat、Papua Barat Daya、Papua Tengah、Papua Utara、Papua Selatan。


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インドネシア共和国34州

【参考ブログ】
再録『GBIニュース』1999.11.22 【新国家】 インドネシア共和国が10ヶ国に分裂?
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201212article_12.html
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香港で発行されている『Asiaweek』誌が予想する"2002年インドネシアの姿"は、インドネシア共和国の悲運な未来を描いている。それによれば、インドネシア共和国は10ヶ国に分裂とか。西から見てみると、まず『アチェ・イスラム共和国(Republik Islam Aceh)、次いでその他のスマトラ島の州が合体した『独立スマトラ国(Sumatera Merdeka)』、ジャワ島とマドラ島の合体でできた『ジャワ合衆国(Jawa Serikat)』、そしてバリ島は『バリ王国(Kerajaan Bali)』として独立。

小スンダ列島の西ヌサトゥンガラ(NTB)州は『独立ヌサ国(Nusa Merdeka)』、その東側のNTT(東ヌサトゥンガラ州)はなぜか東ティモールと合体して『ティモール国(Timor)』に、そしてカリマンタン島とスラウエシ島も合体して『大カラマンタン(Kalamantan Raya)』、マルク州一体は『マルク連邦国(Federasi Maluku)』そしてイリアンジャヤ州は『西パプア国(Papua Barat)』になるとか。で、残るのはジャカルタ特別州だが、この現在首都である都市のみが『インドネシア国(Indonesia)』の名を引き継ぐとか。旧ソビエト連邦から生まれたロシアCISの姿とよく似ている。

今、インドネシアの各地で"独立"という名の凧が空高く舞っている。ジャカルタ中央政府は必死で凧糸を握りしめている。時には強く引き、そして時には弛める作業を繰り返しながら。しかし、熱帯の風は突如勢いを増す。糸を強く引きすぎると、切れてどこかへ飛んでいってしまう。だが弛めてしまえば、凧は気持ちよさそうにあちらこちらへと揺れる。風が止めば、凧が自動的に落ちてきて、手元に戻るとこともある。しかし、問題は風が止みそうにないと言うことだ。風は次第に勢いを強めているかのようだ。インドネシア。お前はどこへ進もうとしているのだ?

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