再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irjaティオム村物語:ダニ族の恋人たち

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【ティオム村物語(1)ダニ族の恋人たち】
イリアンジャヤ州の玄関口であるセンタニ空港から双発プロペラ機フォッカー27型でおよそ45分。中央高地の玄関口にあたるワメナに到着する。標高はおおよそ1500メートル。赤道直下とはいえ、朝夕は震え上がるほどの寒さだ。ワメナから車と徒歩で丸一日、ワメナ盆地西方の山岳地帯にティオム村がある。早くから欧米の宣教団が入り込み、教会や学校もあり、石器時代の生活も十数年前に終わっているが、それでも人々の暮らしは、どこか懐かしささえ感じる「原始」の面影を残している。
デピナさん

このティオム村で16歳まで過ごしたルームメートのデピナ(国立チェンドラワシ大学学生)が、夜な夜な語る『ティオム物語』は、時には笑いをこらえられないほどのユニークさ、そして時には背筋がゾクッとするほどの怖さを持っている。シリーズで、『恋人たち』、『出産』、『死』そして『埋葬』について報告します。まずは題して『ティオム(Tiom)の恋人たち』。

『私の母が若かった時代、女の方から結婚の申し込みをするなどもってのほかだった。でもね時代が変わって、今では女性だって積極的にアプローチするんだから』とデピナさん。その昔、結婚は男からの申し出からスタートした。しかし時には、女性の気持ちや両親のことなど無視して、気に入った女性を強引にさらっていくとさえあったそうだ。それでも、終いにはきちんと夫婦となって、平和に暮らせてしまうから、不思議な世界だ。

では、現代の恋人たちは?電話もなければ、手紙を出すこともまだまだ普通ではないティオムの青年男女。いわんや、戸外で男女が自由に会うことなど、許される社会ではない。で、高等な(?)テクニックが要求される。まず、男は豚を一頭用意して、自分で焼いて調理する。そして目当ての女性が畑に出かける頃を見計らって、他人に気付かれないように、その畑のブタ柵近くに身を潜める。

女性が一人っきりであることを確認することは、とても大事なことだとか。『確かに一人きりだと分かると、男は持ってきた豚肉の包みを、畑に投げ込み、自分の姿をちらりと女に見せるの』とデピナが説明する。『このちらりというのが大事なのね。これは自分はあなたに恋心があるというサインなの』。仮に女の方もその男を好きな場合、彼女は豚肉包みを拾い上げる。嫌いか関心がない場合は、拾わずにそのままその場を立ち去る。

豚肉包みは、いわば花束みたいなものだと思えばいい。しかし、中央高地の人々にとって、豚肉は特別な意味がある。豚は、家族の一員ほどまでの存在なのだ。結納品だって、豚が必要だし、争いごとの解決策として豚が支払われることもある。お互いの気持ちが確認できて、交際開始となっても、自由にデートすることなどもってのほかなのだ。

ダニ族の「正しい」交際方法とは、まず夜暗くなってから、男が女の家へ出かけていく。例えば、灯油ランプなど使っている家の場合、男の来訪と同時に灯りは消される。女性側の家族は、男がその家にいる間中、ずっと歌を歌い続ける。それは男女二人の会話を聞かないための、優しい配慮なのだ。暗闇の中、男女はおしゃべりを楽しむ。そして帰る間際に、愛の確認として互いの腕輪を交換しあう。

『でもね、中にはどうしても二人きりになりたいと思うせっかちな男がいるのよ。まあ、女性が望めば、それも不可能ではないけれども、親の事を気にして、ためらう女性だっているの』。デピナによれば、女性が嫌がった場合、時には男が大きめのノッケン(網袋)を探しだし、その中に女性を入れて、かついで連れ去ることもあるそうだ。これじゃあ誘拐だ。愛は強引なのだ。

『最近はね、女の方から結婚を申し込むこともだんだ普通になってきたの』と、嬉しそうに話すデピナ。この場合、女性の両親が男の家へ出かけ、男の父親にだけこっそりと、その旨伝えて、持参した豚肉をホナイ(ダニ族の円形住居)へ置いていく。

『その晩、その家の男たちが全員ホナイに入ったことを確認すると、父親が豚肉を皆に分配するの。でもね、一人だけ豚肉をもらえない人がいるの。それが求婚された男だってわけ』。豚肉をもらえないことで、自分が求婚されていることを知る男。嬉しいやら悲しいやら。豚も食いたし、女も欲しい?『この儀式の最中、男たちは本当にドキドキするんだって。分かるなあ。そうでしょう、ライラ?』。

結婚が成立すると、男は豚を7-10頭と塩を準備して、女性の両親に渡す。いわゆる結納品だ。女性側の両親も豚を一頭つぶして料理を振る舞う。また、女性側の親戚(この場合、女性のみ)も一人一枚のノッケンを花嫁候補の額に掛けていく。その20-30枚のノッケンこそが、花嫁衣装なのだ。

笑ってしまうのは、花嫁の「決意の儀式」。木を二本立てて作った物干し竿のようなものにぶら下がり、両親と花婿に「忠誠」の約束事を唱える。部族社会でも、女の「忠誠」だけが強要される。女は辛い。確かに。

『でもね、ライラ。今ではキリスト教が浸透して、教会で式を挙げるカップルも多いの』とデピナ。この場合、花婿・花嫁双方が「忠誠」を誓い合うそうだ。教会は男女平等だ。でも、教会もタダでは済まない。『教会で結婚式の場合でも、男は豚を5頭、それから現金を500万ルピア用意しなければならないの。その内、100万ルピアと豚一頭は、教会への寄付なの。神様への捧げ物なの』。

ティオム村。男たちも大変そうだ。今なら高収入さえあれば、花嫁探しも比較的簡単だ。しかし、デピナのような大学卒が増えていくと、そのうち「高学歴」、そればかりか「高身長」なんていうのも、結婚の条件になってくるかも。中央高地の風は冷たい。ヒュー、ヒュー。


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