再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ティオム村物語:死
【ティオム村物語(3)死】

例えば人の死。宣教師の教えによって、人間の死が『神に召されたもの』であり、『寿命』であり、『病気が原因』であることが理解されてきている。しかし、それは病気から死亡に至った場合のことで、例えば健康な人が突然亡くなったりすると、たいていの場合、誰かの呪いの結果だと噂が立つ。そして呪いをかけた相手には、報復しなければならないと考える。そのためにはやはり呪いを使う。
デピナが話すところによれば、呪いの薬を使用する。それは先祖代々受け継がれてきたもので、その薬を浴びた者は死から逃れることはできないという。薬は二種類ある。一つはティオムの言葉で「Magagirak」という名の黒い薬。これはたいてい女性が使用し、嫌な相手を殺すために使うのだそうだ。
村でこの薬を持っているのは、最長老格の6~7人だけだとのこと。先祖から受け継いだもので、捨てたり焼いたりすることは禁じられている。仮に捨てても、やがて鳥になって戻ってくるそうだ。
なにやらワラ人形みたいな話だが、ティオム村では、女が夜遅く、皆が寝静まってから、ある儀式を行うという。まず、この薬の前に、豚の骨で作った針を持って座る。そして殺したい相手への恨みを唱え、薬を針で突き刺す。すると、薬は一瞬燃え上がり、女は身体が硬直化して、10~20分間失神するのだそうだ。目が覚めた後、薬を持って相手の家まで出かける。
この際、女は服を脱ぎ捨て、黒い下着状のものを身につけるだけ。人に見つからないように、彼女は豚の通り道を選んで歩く。豚の歩き方や、鳴き声を真似しながら突き進む。『万が一見つかってしまった時には、豚を一頭与えて口止めをするの。で、これはお前を殺すためではなくて、自分の家族を守るためにやっているなどと言って、相手を説得するの』とデピナ。呪いたい相手の家に着くと、こっそりとホナイ(円形住居)に忍び込み、殺したい相手の身体に薬をふりかける。
効果はてきめんだそうで、翌日には心臓発作か、あるいは突然の不慮の死をとげるという。例えば水死とか、高い木から落ちるなどといった事故だ。『とにかく確実に相手は死んでしまうと言われているの。妻が夫を殺害する場合などは、食べ物に混ぜることもあるそうね』とデピナ。なんだか和歌山カレー事件のようでも、トリカブト事件に似てもいる。ニューギニアの山奥でも複雑な夫婦関係は同じなんだ。
もっと怖い薬もある。それが「Kuguruwok」と呼ばれる秘薬だ。この薬を持っている人は極めて稀で、必要な時には、遠くパニアイ地方やナビレ地方(共に100~300キロ以上の距離)まで探しに行くという。この薬はお金などでは買えなくて、自分の子供や兄妹を差し出さないと入手できないそうだ。
薬自体はものすごく小さくて、それは必ず小さなナイフとセットで使用するとか。『この薬には二つの働きがあるの。一つ目は相手を切り刻んで食べてしまうの。その際、他人の目には、あたかもバナナを食べているようにしか見えないそうよ』。もう一つの働きは、人間を夜鳥に変身させて、相手の場所まで飛んでいける能力を授けることだそうだ。
相手のホナイの屋根から入り、柱に沿って下におり、殺害するか、あるいは相手の影を奪うことで脅していくことができるという。影を奪われた相手は、だんだんと原因不明の病におかされていく。奪った影を水につければ、相手は寒さに震え、火であぶれば、熱さで苦しむとか。
『こういった恨みをかわれる原因は、たいてい借金のトラブルなどだ。解決するためには、豚を差し出すか、お金を返すしかない。そうすれば影が戻ってくるそうよ』---デピナは真顔で話す。自分が借金している相手がこの薬を手に入れたと知った場合、呪いを未然に防ぐ方法もあるという(でも、これじゃイタチごっこだね!)。
まず芋の葉っぱを用意して、細かく刻んでバナナの葉に包み、それを蒸す。この際、薬を持っている相手の名前を念じて、自分には借金がある、でも近い内に返す用意があるといったことを唱えなければならない。次いで、木に登り、『薬の持ち主よ、どうか来ないでくれ!』と念じながら、イモの葉を捨てていくのだ。こうすれば、借金取りは現れない、とか。
呪いで死んだものなのか、それとも病気・事故で死んだのかを探る方法もある。それには、やはり豚を使う。中央高地では、何かにつけて、豚が登場する。その方法とは、豚の首を切り裂き、中に詰まっているものを調べる。もしも何もないと、死因はただの病気であり、仮に豆や椰子などが詰まっていたら、それは呪いをかけられて死亡した証だという。そしてこの場合、恨みをはらすために、さらに呪いをかける。そして、再び呪い返しをされて.....。
『でもね、ライラ。お互いの平穏のために、豚の交換で済ませてしまうこともあるのよ』とデピナ。中央高地の生活も結構怖いものがある。でも、豚さえ持っていれば何でも解決! これって、うまくできた社会と言うべきか?
【関連記事】
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ティオム村物語:出産
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_19.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irjaティオム村物語:ダニ族の恋人たち
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_18.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja アメリカ兵遺骨返還式
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_17.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 隣のイリアン・ボーイ
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_16.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irjaイリアンジャヤ98年主要ニュース
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_15.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 祈祷を受けに帰郷(パート2)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_14.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 祈祷を受けに帰郷(パート1)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_13.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja コテカ:中央高地のペニスケース
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_12.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja樹皮絵画アーティスト:イスマイル
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_11.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja センタニ湖アセイ島の樹皮絵画
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_10.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja イリアンジャヤの名物料理
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_9.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja イリアンジャヤの果物
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_8.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 砂金フィーバー
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_7.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja日本の援助がジャヤプラに届いた!
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_6.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ジャヤプラの通学事情
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_4.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja 家族紹介(98年11月5日)
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_2.html
再録『ライラのイリアンジャヤだより』 Surat dari Irja ピナンとシリ
https://gbitokyo.seesaa.net/article/201307article_3.html
この記事へのコメント